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2015/11/30 いて座8度 「 岩やその内部で形成されているもの」

いて座8度

「 岩やその内部で形成されているもの」
Rocks and things forming therein.

地球の胎内の奥深く、新しい生命が誕生を待つ。
様々な要素を溶解させて変容の火が生命を錬成する。
地殻の変動、大地の中で起きる変化を地表からは見ることはできない。
変化は人知れず進行し、やがて地上に大きな衝撃を与えます。
変化のさなかにあるときは、まだ形がさだまらず、
全体像を把握して見ることはできないけれど、
目には見えないし触れないけれど「気配」や「予感」という兆しは、
どんなときも感じ取ることができるもの。
変化の不安で固く握りしめた両手を放して、
流れにまかせることで衝撃を緩和する。
運命を信じてしがみついたものから手を離す、
しがみついた手を離すのは不安と恐怖をともない、
大変な勇気が必要なことかもしれません。
しかし、
そうするほかに道がないというときがあり、
そうすることが一番の解決法だということがあるのです。

2015/11/29いて座7度 「 ドアをノックするキューピッド」

いて座7度

「 ドアをノックするキューピッド」
 Cupid knocking at the door.

いたずらなキューピッドがそそのかす。
ルールに則ったフェアプレイなんかおおしろくないね!
そこには新しさも発展性もないだろう?
もっと自由に生きてみたらいいじゃない?
そのほうが人生は百倍面白い。
正々堂々の正面勝負もいいけれど、
ひとりひそかにルールを破り抜け駆けしたい誘惑に駆られてしまう。
仲間を裏切り新しい体験に飛び込むことに、
うしろめたさと興奮を感じつつも、スリルを楽しむ。
内奥から湧いてくる衝動を抑えきれない。
内なる声の、ちいさいけれど確かな意志の響きに従う。
直感的に行動することで新しい未来を創造する。

2015/11/28  いて座6度 「 クリケットゲーム」

いて座6度

「 クリケットゲーム」
A game of cricket.


周囲を盛り上げて人を巻き込んでみんなと楽しみたい!
という射手座サイン特有の火の衝動が沸き立つ競技場。

クリケットゲームはイギリス発祥とされる紳士のゲーム。
正々堂々、公明正大、ルール厳守で戦うのです。
紳士はフェアプレイに意義を見出す。
そして、
相手にも公明正大さを要求します。
火のいて座サインは好戦的ですが、
勝ち負けそれ自体より、
仲間や対戦相手ともども競い合い、
高め合い理解し合うことに意義を求める。
対戦相手に合わせて戦うことを楽しむ、
いて座ワールドは、
戦いを通してのコミュニケーション、
「男性的」な世界と言えるかもしれません。





インドの巨人の星はクリケットゲームだった・・・
父ちゃんのちゃぶ台返しが!9:40すぎたくらいのとこ

静止画がおおいw

2015/11/27 いて座5度 「木の高いところにいる老いたフクロウ」

いて座5度

「木の高いところにいる老いたフクロウ」 
An old owl up in a tree.

夜は月の下、木とともに生きてきたフクロウは、
老いて疲れた分だけ他の者には見えないものを見る。
ものみな眠る夜に目覚める夜の女神の月の使い。
表舞台で活躍することよりも、人々の心の見えない部分に働きかけて、
それと気づかれることなく裏から吹き込み扇動し、
ひとびとを操る策士。

木の高いところから全体を見通す。
すべてが眠りに沈む闇夜に活動する。
俯瞰、鳥瞰、上から見下ろす地上の光景は、
地上の者には想像もできない広がりを持っている。
根回し、裏工作、無意識の夢の領域に働きかける。
そのようにして、歴史は夜に作られていく、
History Is Made at Night.





2015/11/26いて座4度 「歩くことを学んでいる小さな子供」

いて座4度

「歩くことを学んでいる小さな子供」 A little child learning to walk.


お母さんが小さな子供に勇気づけられるように、
経験を重ねた教師が、未熟な生徒に教えられるように、
人に教えることで教えられ、助けることで助けられ、救われ癒される。

生まれてすぐに立ち上がる野生の動物とは違い、
人間の子供はゆっくりと成長してゆきます。何度もつまづき転びながら、子供は立ち上がり、歩くことを覚えていく。
転んで痛かったから、もうめんどくさいって、歩くのを途中であきらめて、
他の手段を選ぶ子供もいるかというと、そんなことはないのです。

自らの足で立って歩くこと、
それは視座を高く保つこと、新しい地平を目の端に捉えること。
初めて立った瞬間目に入った景色と周囲の光景を、
自分の立って歩く姿を喜びと驚きの表情で見守る大人の姿、そのインパクトを、その瞬間の感動を、子供は心に刻んで生涯持ち運ぶ。
その記憶こそが、この子の未来を支え続けていくのです。
転んでも自分の力で立ち上がり、そして自分の足で歩き出す。
生真面目さと前向きさ。



2015/11/25 いて座3度 「チェスをする2人の男」

いて座3度
「チェスをする2人の男」Two men playing chess.


鏡の国のアリスでは、 チェスのルールにそって物語が進みました。
ルールのもとで対戦相手と向かい合う、フェアプレイが基本姿勢。 そして、対戦相手の出方に合わせ、臨機応変に柔軟に戦いをすすめる。 頭を使い、先を読んで計算をして作戦を練り、 その計画にそってことを運ぶ頭脳戦を展開しつつ、 対戦相手の変化に合わせて臨機応変に対応する。 海を白く波立てるいて座2度の、 気持ちの盛り上がりと興奮を自分で意識的につくろうとします。 対戦相手を手に入れることで知的な興奮のスイッチを入れる、 自分で自分を煽り気持ちを盛り上げていく。 対戦型格闘ゲーム、ライバル、好敵手。
勝利の秘訣は、ボードゲームを上から俯瞰するように、 全体の動きを見て計画を練ること、 そして、熱くなり過ぎないこと! ・・・かもしれません。


2015/11/24 いて座2度 「白い波の帽子に覆われた大洋」

いて座2度

「白い波の帽子に覆われた大洋」
The ocean covered with whitecaps.

ひとはよく、
海をゆく船の航海に人生をなぞらえたりします。
寄せては返す波は人の心のリズム、
感情のエネルギーのようすをあらわしている。
白い泡を立てて激しく打ち寄せくだけるような、
ダイナミックに変化する感情の波のリズム、
臨場感と躍動感のなかに生きることで大きな活力を得る。
ひとりのひとりの想いがひとつにまとまり、
ひとつの生きたエネルギーと化した時の爆発力。
それはまるで巨大なうねる波のように盛り上がり、
激しく波うちやがて岩をも砕く力を発揮するのです。


2015/11/23  いて座1度 「共和主義の威厳ある軍隊[退役軍人の会]のキャンプファイヤー」

いて座1度
「共和主義の威厳ある軍隊[退役軍人の会]のキャンプファイヤー」
Grand army of the Republic campfire.
いて座の初期はとくに単純明快、
元気ハツラツかつシンプルストレートな豪速球。火のサインの始まりは無邪気な小学生男児、
または中二ノリ?の様相もあるかも。

さそり座の愛情への集中から解き放たれて、
いて座では互いの自由と独立を尊重した関係を築こうとする。
いて座の軍隊はある種の共同体ですが、
さそり座的な心情的な繋がりというよりも、
互いに競い合い切磋琢磨し向上していく、
活発な体育会系的なノリになりそう。
余り複雑な思考を必要としない、直感的あるいは体感型のスポーツ、
プロレスなんかの格闘技や、対戦型の競技に関わってくることもあります。

2015/11/21さそり座30度 「ハロウィンのわるふざけ」

さそり座30度「ハロウィンのわるふざけ」The Halloween jester.

わるふざけ、ウケ狙いの仮装大会、
笑わせたもん勝ちみたいなイベントだよ~!
29度の深刻な腐れ縁をやっと脱出、
のがれるための試行錯誤の堂々巡りで疲弊した女を、
馬鹿騒ぎのわるふざけが解放させる。
うふふ、あはは・・・アハハハ!
わーはっはっはー!
さそり座の完成は、
涙を笑いで悲しみを吹き飛ばすのだ。
さそり座的小集団のローカルな縛りにより、
生まれる充足と閉塞感のせめぎ合いは、
ある種カルト的な束縛と拘束をかもして、
洗脳を思わせなくもなくもない・・・
それを振り切るには、考えたってダメなんです、
脱出するには、思考ではなく行動がものをいう。
別れの涙を吹き飛ばす笑いのユーモアは、
愛という木に咲く大輪の花。
さそり座の完成は、大きな笑いで締めくくる。

2015/11/21 さそり座29度 「酋長に自分の子供たちの命ごいをするインディアンの女」

さそり座29度
「酋長に自分の子供たちの命ごいをするインディアンの女」
 An Indian squaw pleading to the chief for the lives of her children.

古い共同体から新天地へと出てゆこうしたインディアンは、
同胞から激しい反対に遭い足止めに遭う。
これは話し合って解決できる問題ではありません。
いったいどうすればいいのだろう・・
考えが堂々巡り、ずるずると問題の先送りで時ばかりがすぎる。

これから伸びていこうとする私の子供達を、
広い世界へと羽ばたかせてあげたい!
私の子どもたちを狭い世界に閉じ込めて殺さないで!
その願いは叶えることができるのか?
同胞の抵抗に屈して子どもたちの将来もあきらめてしまうのか?

その優しさと包容力ゆえに人からふみこまれ損をする。
けじめがつけられず腐れ縁を断ち切ることができなくて、
外目にはたよりない人に見られがちですが、
実は誰よりも愛情深く底力をもった芯の強いひとです。

女性は受容性と生み出す力。
子供たちとは新しく芽生えた創造性。
この子は文字通りの自分の子供であることもあるでしょうし、
自分が作った作品や、自分が起ち上げた会社ということもあるかも。
いずれにせよ、
子供を育てるには長い時間がかかります。
急いで良い結果がえられることはなさそうです。
母は強し。
母が必ず子供を守り切る!という覚悟と決意の度数。

2015/11/20 さそり座28度 「自分の領土に近づく妖精たちの王」

さそり座28度
「自分の領土に近づく妖精たちの王」
 The king of the fairies approaching his domain.

妖精たちの王は、
妖精の住まうファンタジーの領域にいてこそ権威を保てます。
わたしたちは誰もが、こころに妖精の国をもっているものです。
それは外部からの誰の侵害も許さない、
聖域とも呼ぶべき内面世界。
他者と出会い互いに足りないものを補いあい、
互いが一体化することで変容起こすという、
さそり座の本来の目的を達成したあと、28度では、
次のいて座の飛躍を 目の端に捉え、
整理のためにひととの関わりを
一旦抜け出てひとりきりになりたくなります。
ものにも、他者にも、自分の外部のなにかにも、
誰にも何にも依存することなく、一人 の人間として、
ありのままの自分自身になって、心の安定と充足感を得る。
そのためにひとりきりの世界に浸る。
のんびりと自分のペースを乱されないように防衛し、
見えないこころの世界を守ります。

2015/11/19  さそり座27度 「行進している軍楽隊」

さそり座27度「行進している軍楽隊」
A military band on the marche.

街を行進する軍楽隊の音楽は、
あるひとには賑やかで楽しいものですが、
あるひとにはうるさくて耳をふさぎたい騒音にもなります。

27度では、自分が良いと信じたことを
人に教えたり広めたりしたくなります。
自分が信じていることを他の人にも信じさせたい、
この良いことは信じるべきであるという気持ちには、
善意のおしつけがましさも含まれています。
このことは、言い換えると、
自分一人で何かに集中することができないために、
共感を示してくれる他者を必要としている、と言うことができそう。
それは自分に対する信頼のたりなさからくる不安感。
そして、そこには隠された依存性が見え隠れしています。
しかし、
それは依存心ではありますが、同時に親切心や、優しさという、
愛情の発露でもあるのです。
このひとはとても人が好く、人情味あふれる親切なひとなのです。



2015/11/18 さそり座26度 「キャンプをつくっているインディアンたち」

さそり座26度
「キャンプをつくっているインディアンたち」
Indians making camp.

自然との調和し変化に強いひと。
自分の心と体は、大地や植物や動物たちと
おなじものでできている、そのことを知っているから。


インディアンは、理想の地を求め新しい土地にキャンプを張る。
自分たちの生活に必要な物は最小限にまとめ、
余計なものは持たず自然と共存して生きるための
知恵と知識と行動力を携えて移動します。
立つ鳥跡を濁さず、去る時の潔さと決断力も備えているでしょう。
住めば都、わたしはどこに言っても大丈夫!という自信。
そして環境への順応性、
そんなシンプルな暮らしに主眼をおいてミニマムに暮らすとき、
さそり座的なひ とへの依頼心は反対に減少に向う。
そして、自立した者同士としての共感と、
友情をその時その場所で築いていくのです。
新しい理想の地を求めて移動する、
そ の未来に生きるかのような自由度は、
コミュニケーション・スキルの高さにもつながりますが
同時に飽きっぽさ、落ち着きのなさとなるものかもしれません。 
しかし、気さくで親しみの持てる雰囲気は、
どんな環境にも順応できる生活力とサバイバル能力として、
生きる上で非常に力強いものになり、
出逢う人々を惹きつけて魅力するパワーになっていく。 

2015/11/17 さそり座25度 「X線」An X ray.

さそり座25度
「X線」An X ray.

物事の本質を見抜く観察力と洞察力を身に付ける。
高い視座。全体を大きな視点で見ること。
そして、
結果からさかのぼり原因に関心を持ち、
掘り下げて掘り下げて 壁を突き破り、
その先にある答えを導き出すこと。

さそり座25度の探究心は、
目に見えるそのままの姿ではなく、
その裏にある構造に意識を向けていきます。
物 質を見えない視線で透過して、
その奥に隠された構造を見せるX線は、
深層を正確に見透すことを象徴しています。

人間は
自分の中に存在しないものを理解することは出来ません。
物事の全体像を本当に理解するためには、
自分の中にそのことの原因と結果、
原因と結果の間にある各段階を体験的に知る必要があるのです。
そして、 統合化とはそういうことなのです。
し かし、自分の中にはないと思っていても、それを知りたいと願い、
自分の中を掘り進み、掘り下げて掘り下げてゆくと、
やがて集合意識と呼ばれるような、
民族間や、さらに人類全体に共有されるという
知識の集積に、ほんの少しだけ触れることができる。
自分のなかを掘り下げてたどりつく、はるかな知恵・・・
実は、それも貴重な自分自身の体験なのです。

2015/11/16  さそり座24度 「一人の男の話を聴くために山から降りてきた群集」

さそり座24度
「一人の男の話を聴くために山から降りてきた群集」
Crowds coming down the mountain to listen to one man.


一人の男、イエスの知恵を求めて、山から下界降りてくる大勢の人々・・。
山の民が山から降りて里に溶け込むべく男の話を聴くとき、
山から持ち込まれた未知の知恵が、交換のように注ぎ込まれ、
里の生活に組み込まれていく。
それは奇跡的な変化ではない。
外目には大きな変化は無くとも、
それは水が土に浸透するように馴染んでいくのです。
内面から生活環境へ、そして社会環境へとひろがり、
地に足のついた、大きな変化 が始まっていく。
使命感から新しい冒険へと試行錯誤していく。
一見地味な光景が、実は冒険的な新しいチャレンジだった、
ということがずっと後になってわかる、ということがあります。







山上の垂訓 マタイによる福音書

5.13  あなたがたは地の塩である。 だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。 もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。 5:14 あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。 5:15 また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。 むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。 5:16 そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、 そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、 天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。

2015/11/15 さそり座23度 「妖精に変容するウサギ」

さそり座23度「妖精に変容するウサギ」
A bunny metamorphoses into a fairy.


受容的で平和主義、癒し系のムードメイカーですが、
その穏やかで人望厚い顔の下に、
したたかな攻撃性も隠し持っています。
それは決してあらわにされることはない、
芯の強さとしてかくされている。

21度の反骨心から22度の衝動へ、
その活動を友好的に穏やかに見せ洗練度を上げていく。
尖った攻撃性をやわからかいぬいぐるみのような、
うさぎのモフモフの優しいにくるんであらわします。
ウサギは防衛本能からの警戒心が強く、
気配を素早く察知して危険から身をかわしますが、
まさにそのようにあらそいを避け、
生々しい感情を洗練されたものへと転化して、
穏やかにしなやかに、したたかに表現していきます。

2015/11/14 さそり座22度 「アヒルに向かって進み出るハンターたち」

さそり座22度「アヒルに向かって進み出るハンターたち」
Hunters starting out for ducks.

ハンターはハンターとして獲物を狩らなければ、
本来、獲物であるはずのか弱いアヒルに襲われ、
悩まさせることになるのです。

ハンターは自分の欲望をむき出しに獲物に向かいます。
自分の欲望を正直に表現しますが、
内から溢れる本能的衝動を、危険のない対象に向かってぶつけます。
自分より弱いもの、より安全な方向へと、
衝動をぶつけエネルギーを分散させる。
遊びやゲームや、音楽といった娯楽にエネルギーをぶつけて、
衝動を分散させ攻撃性を中和して、精神の安定をはかる。
その行動は快を求める人間的な正直さともいえます。
そうして自分や他者や社会の安寧秩序を守るのです。

2015/11/13 さそり座21度 「職務放棄兵士」

さそり座21度
「職務放棄兵士」 A soldier derelict in duty.



自分よりも他者をたててきた、
これまでの受容性の果てに、
押し付けに対する反発心が生まれます。
社会の常識を疑い、
押し付けられた義務に、流されることなくNO!と言う。
信念に従い信じた道をつらぬく強い意志。
粘り強く我慢強く理想に向かってひたすら我が道を貫く。
頑ななまでの頑固さは、強い信念と思慮深い愛の裏返し。

信じるものに反して、事を穏便に収めようとか、
安定志向で長いものに巻かれる、
組織の中で足並みをそろえるという、
事なかれ主義の発想が持てないため、
協調性がない人と認定されることもあるでしょう。
しかし、この頑固さがあってこその達成力がある。
こうと決めたら必ずやり遂げる理想を形にする実現力があります。

2015/11/12  さそり座20度 「2つの暗いカーテンを横に引っ張っている女」

さそり座20度
「2つの暗いカーテンを横に引っ張っている女」
A woman drawing two dark curtains aside.


カーテンは秘密をはらむ神秘のベール。
窓は異界につながる通路であり、
開いた窓にかかるカーテンは、
2つの世界を行き来する境界を仕切るもの。
カーテンを開ける、
カーテンを閉める。
意識と無意識、日常と非日常、トランスと覚醒を、
カーテンを開けて、また閉めて、
自分の意志で必要に応じてコントロールする。

ふたつの世界においての受容性、
現実と非現実、
ゆめとうつつ、
それぞれの世界でそれぞれの、
2つの秘密の顔をもつ、
内と外を仕切るカーテンを操る女。




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2015/11/11 さそり座19度 「聴いてはしゃべっているオウム」

さそり座19度
「聴いてはしゃべっているオウム」
A parrot listening and then talking.

オウム返しという言葉があります。
オウムはヒトの言葉をしゃべったり、時には上手に歌ったりもします。
ですがオウムは知的に言葉を理解しているわけではなく、
それはもともと本能に備わっているただの反応。
それを、オウム返しと言うわけです。
そして、それは無意識の働き。

あの時・・・
不思議なことに自分でも理屈のつかない判断をしてしまったが、
それが案外正解であった・・・ということが人にはあるものです。
常識的に考えると理屈が通らない、でもそれが正しいと直観で知っている。
それは無意識ちゃんの声に従っているということで、
自分を超えた存在とのチャネルが開いたと いうこと。
ですが、その判断が必ず正しいとは限りません。
正しい判断をするためには、
意識と無意識の間に矛盾のない通路ができているかどうか、
自分という器のフィルターのクセを自覚しているかどうか、
という条件 がついてきます。

2015/11/10 さそり座18度 「豪華な秋色の森」

さそり座18度
「豪華な秋色の森」
A woods rich in autumn coloring.

自然の生死の鮮烈なサイクル。
秋は豊かな色彩のあふれる収穫の季節であり、
同時に冬を間近の秋枯れの落葉舞う物憂い季節。
豊かな森の色彩の美のすさまじさは、
ひとのこころを非日常へとさそい混む・・・
人々を潤すための収穫を確実にするためには、
他者から離れひとり集中する、徹底した作業が必要になります。
日常に、それだけの厳しさを引き受けなくては、
役に立つ成果をあげて、貢献してゆくことはできないのかもしれません。
なにかひとかどの物事を成し遂げようとするときに、
自己の内面を充実させる作業は絶対的に不可欠なものなのです。
豊かな森が長い時間をかけてつくられるように、
人間の心の森にも育つだけの時間があるのです。
家に閉じこもり没頭する時間があり、
そこから解放され、人々に貢献する、そうしためりはりのある繰り返しのサイクルがあります。

2015/11/09  さそり座17度 「自分自身の子供の父である女」

さそり座17度
「自分自身の子供の父である女」
A woman the father of her own child.
本当の自分を求め、自分らしさについて、
あらためて自分の内面深く探求してゆきます。
内なる男性性と女性性の統合により、
生まれるものは何であるのか?
真実 の創造性にかかわるシンボルです。
胎内に孕むそれが一体何者なのかは、
この世に生まれはじめて姿を見ることができるもの。
そして成長した姿を見て、はじめて全貌がわかります。
産みの苦しみと育ての苦労、
そしてその苦しみとかなしみをはるかに超えるよろこび!
その全てを受け入れるさそりのたましいのうつわである女。

子供というのは自分自身の創造性、その母であり父である自分。
自己受精し自己増殖していく姿がここに描かれています。
受胎し月満ちるまで体内で育て、外界に生み出して、
その後にまた自分で育てていく、
育てるのも自分なら育てられる対象も自分自身。
矛盾を感じさせるようでいて、
これは実は自己の完成と統合をあらわすシンボルなのです。

2015/11/08 さそり座16度 「いきなり笑い出す少女の顔」

さそり座16度
「いきなり笑い出す少女の顔」
A girl's face breaking into a smile.

言葉はいらない。
ただ自分自身のままでいる。
そのままの、ありのままの微笑みが、
百万の言葉よりも雄弁にわたしを物語る。

こころの奥の無意識レベルでは言葉の意味の
その裏の裏までも読み取っているものなのです。
ほんとうのわたし、ほんとうのあなた、
ありのままのあなた、
そして、
ありのままのわたし、自然体の自分自身を大切にします。

少女の愛らしい笑顔は人を和ませ、人を受け入れる。
自然の中に静かに咲く花のように、日向に寝転ぶ子猫のように。
それは鏡の法則です。
自然の姿は人間の内奥の自然性を目覚めさせる。
笑顔は笑顔を呼び起こす。
少女のようなやわらかな受容性としなやかな感受性が、
チャンスを引き寄せ欲しいものを自然に手に入れていきます。
それを手にした時に、少女は感動とともにこう思うのです・・
「ああ、これこそがわたしが望み、欲しいと思っていたものだったのね!」

2015/11/07  さそり座15度 「5つの砂山のまわりで遊ぶ子供たち」

さそり座15度
「5つの砂山のまわりで遊ぶ子供たち」
Children playing around five mounds of sand.

山というのはヒエラルキーの象徴。 ヒエラルキーの頂上の立つ少数の者と、 それを支える無数の者たちという構造があります。 どっしりと君臨する山 と、山を支えている土や砂、 風が種を運び太陽のひかりと雨が土にふりそそぎ、 滋養を与え山を育み育てる、 樹木や草や枯れ葉や小動物との関係の作る物語り。 5は創造性の子供。自分を外に打ち出し、 わたしはここだ!これがわたしだ!と表現していく創造性の子供。 子供は山で遊び山に育てられるのです。 頂上を極めることをゴールにしたパワーゲーム、 しかし、砂山はもろく足場を固め、 頂上を極めるというのはなかなか難しいかも・・ そして、 頂上という一つの点を支えているのは、底辺という大きな受け皿なのです。
さそり座は、13度で人脈を作り14度で切るべきを切り必要な人を残しました。
水のサインのピークにきて、ここで残した人材を組織化してその頂点に立ちます。
今までやってきたことを集めて手を加え、砂場で砂山を作り自分の城を形作る。

2015/11/06 さそり座14度 「仕事をしている電話接続士」

さそり座14度
「仕事をしている電話接続士」
Telephone linemen at work.

電話接続士が象徴するものは、
切るべき時に、切るべき回線を切り、
繋げるべきときに繋ぐという、人間のはからいを超えた、
意識の向こう岸にある無意識の領域の仕事。
その働きによれば残されるべき回線は自然と残っていく。
さそり座の回線は気脈で通じる回線、生きた血の通うコードです。

少数精鋭という言葉があります、
気脈の通じる相互の関係、人脈を制限し、
集中して使える形に整備して、それを駆使していきます。

「使える人脈」というと打算的に響くでしょうか?
それはしかし、本当に打算の上に成立しえるものなのでしょうか?
そうではない。それはありえない。
そのことを「人脈」を手にしているひとはよく知っています。
この関係は実際、信頼からはじまり硬く結ばれていく絆、
人を見る目と誠実さを土台として築かれるものであり、
誠実な態度の上にしか生まれないもの。

使命感にしたがって事を成そうとういときには、
むしろ頭数は少ないほうがうまく回っていくでしょう。
少数の精鋭の仲間であるからこそ、
気脈のコードが隅々まで通じ合う、阿吽の関係が息づいている。

2015/11/05 さそり座13度 「実験をしている発明家」

さそり座13度
「実験をしている発明家」
本発明者は、実験します。

一段上の視点から人と人のつながりを、
ネットワークの網のつながりとして見るように、
発明家は違う素材を結びつける、
今あるものよりさらに役立つものにして、
あたらしい形にして、作り出そうと実験を繰り返す。

さそり座の実験は人と人とを出会わせ結びつけること。
人と人との組み合わせで変わる可能性や、
新しい才能を見出そうと、慎重に試行錯誤を重ねていきます。
控えめでありつつ人間関係を掌握する能力があります。

ユングは人との出会いを化学反応にたとえています。
あなたとわたしの人格が真に出会うとき変容が起きる。
それは表面的な出会いではなく真実の出会い。
2つの化学物質がぶつかりあって反応し、
まったく違うものを発生させる化学反応のように。



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2015/11/04 さそり座12度 「大使館の舞踏会」

さそり座12度
「大使館の舞踏会」An embassy hall.

今の私に足りないものを埋めてくれる誰かを見つけるの。
今よりもっといい場所へ行くために。

大使館という公的で権威ある場でパートナーを探します。
素晴らしい相手と踊るために、一番良い見栄えの良い自分を演出して。
ここでは、自分より上位レベルの人脈を掴んで、
相手に引き上げてもらおうと、人を値踏みして相手を選別します。
相手に合わせ自らも無理して背伸びして、
その結果自分自身も底上げされ洗練されていくのです。
今より良い人生を創造するために他者の力を借りるため、
自分の本心をかくして駆け引きをしたり。
今の自分より上を目指そうとするため、
ストレスもかかえますが確実な成長につながります。
野心的、上昇志向、玉の輿。

ちょっと似ている90度関係のしし座12度「宵の芝パーティ」。
さそり座では関係性、しし座では自己表現がテーマになります。
自己満足と言ってもいいかもしれません。
しし座は自分をいかにかっこ良く見せるか?ということが重要です。
自分を演出し効果的に外に向かい押し出そうと、
社交 の場でアピールしていきます。しし座は自分の満足感を求めて、
取り巻きを求めて自分を演出します。
さそり座は背伸びした対人関係をあえてえらび、
無理して見栄をはることで、社会的に成長し洗練度と高めていくのです。

2015/11/03 さそり座11度 「救助される溺れた男」

さそり座11度
 「救助される溺れた男」A drowning man rescued.

「溺れる男」と「溺れるための水」と「救助する者」が登場します。
溺れるには水の中に飛び込む必要があり、
助ける側も水に飛び込むことで 危険を共有することになる。
 二人の人間が水の中にいる。
これは勇気ある行動でしょうか?
それとも無思慮な衝動的行動なのでしょうか。
助けるために飛び込む側は、知性ではなく、
多くは本能的、衝動的な瞬間の反応で動いています。
飛び込まれる水は情感であり、それは無意識に
人と人を結びつける愛情という接着剤です。

そもそも、はじめに
溺れている音はなぜ溺れていたのでしょう?
その男は人との関係を結ぶために、
積極的に自分を危機的状況に追い込むという究極の賭けに出た。
その呼びかけに応えた救助者が助ける者がいた。
助けを求めることと、助けたいと思うこと、
どちらが先か?甘えられ守られることを望む者と、
保護する相手を求める者は結ばれる運命にある。
助けたり助けられたりという関係は、概ね依存へとつなが りますが、
そこには間違いなく深い絆があるということです。

強い絆。愛と依存の関係、ただし、この賭けはリスクも大きい。

2015/11/02 さそり座10度 「親睦夕食会」

さそり座10度
「親睦夕食会」 A fellowship supper.

互いに認め合った仲間同志が協力し合い、
成長していくうつくいしい姿があります。
同じテーブルにつき、同じ食事を分かち合い、
信頼を深める仲間たち。
昔から、一つ釜の飯と言ったり、
同じ釜の飯を食うという言い回しがあります。
食べることは生命の維持に深くかかわること。
ひとつのテーブルで食べ物を分け合うことは、
命をわけあう深い絆を象徴しています。
人との関係を築く上で失敗し、傷ついた経験をふまえて、
心から共感できる少数の仲間と、信頼で結ばれた関係がつくられる。
努力し壁を突破した体験を互いに分かち合い相手から学び高め合う。
そのためには自分自身が強い意志を持ち自立していないとなりません。
真実の友情、真実の共感は互いに自立し尊重し合うところに生まれます。

ひととひとが出会い、向かい合い、見つめ合う関係から、
お互いが前を向きともに歩む関係へと、進化の過程で人間は、
進んでいくことを定められているのかもしれません。