しし座26度
「虹」A rainbow.
嵐の後にできる虹から天啓を得る。
大空に弧を描く虹は、雨と太陽と風とが大地に掛ける橋。
神の使いの龍や蛇にたとえられ、ときには悪魔の手先にたとえられ、
人ならざる意志を感じて畏怖された古代の虹は、
いまはすでに失われてしまいましたが・・・。
虹はキリスト教では神との約束、使命を意味するそうです。
ひとはみな自分が特別なものであるという、
証明をしたがり、それを他者に示すことが目的の証拠をほしがります。
そのために人から与えられる評価にすがるひともいますし、
自分が努力し成し遂げた成功体験にすがるひともいます。
ですが、どれも盤石なものではありません。
長く生きるうちにその多くはへし折られ損なわれ、
努力の末に得たはずの成功体験さえも地に落ちて、
形あるものはすべて無に帰す。
なにも持たない、ただの自分。
はだかのわたしでただ生きる。
何を成そうが成すまいがわたしはわたしであるという、
根拠のない自信を持つことです。
美しさに、尊さに、不思議さに、
愛しさにすべてのものに根拠を求めない。
嵐の後の虹の美しさに、雨に濡れた樹木のたたずまいに、
ただこころうたれた瞬間こそが絶対です。
はかなく消えてしまう虹に神を見るように、
瞬間に永遠を感じて生きるのが、こころある道。
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