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12月, 2014の投稿を表示しています

2014/12/31 やぎ座10度 「手から餌をもらうアホウドリ」

やぎ座10度

「手から餌をもらうアホウドリ」 An albatross feeding from the hand.

差し出されるチャンスを自分のものにすることで得られる豊かな生き方があります。
自分の属する環境や馴染んだ世界に限界を感じて、
知的好奇心をもって新しい未知の世界と接触をこころみます。
人間が差し出す餌を、その手から食べるということは、
人間の善意を信じるという前提があります。
信じることは勇気と覚悟をともなうものですが、
勇気と考えなしの無謀さは似ています。
野性を捨て飼いならされて慣れ合う、
打算という読み方もできるかもしれません。

水平に翼を広げ異界に飛び込むその姿には、
傷つくことを恐れない勇敢さとうつくしさを見ることができます。

2014/12/30  やぎ座9度 「ハープを運ぶ天使」

やぎ座9度

「ハープを運ぶ天使」An angel carrying a harp.


天使はその文字があらわすように天が遣わす者であり、
神と人の間にあって神と人を繋ぐ存在です。
ゆったりとつばさをひろげ
ハープを奏で宙を舞い天井の歌をうたう。
天使のメッセージは太陽のひかり月の輝き、
鳥のさえずり、そよぐ風、額にかかる雨のしずく宇宙の鼓動。
ゆったりと自然のリズムと同期するわたし。

自然体で生きるとシンクロ二シティとの出会いが増えるという不思議。
あせらずのんびりしていられるのは、
必要なものは必要な時にかならず手に入るということを知っているから。

弾んでいた会話がふと途切れ沈黙が流れる、
ちょっと気まずいような、
そんな微妙なニュアンスを表すとき、
フランスでは「天使が通る」と言うそうです。
いまこの瞬間は一切が静止したようになんの動きもないけれど、
この沈黙が次の展開をかならず運でくる。
それは宇宙の法則です。
沈黙は天使のハープの音がする。」An angel carrying a harp.

ドラマの場面が変わるとき、ハープの音がよく使われますが、
ハープにはある種の魔力的な効果が在るような気がします。
天使は天が遣わす者であり、
だれにでも必ずついていてくれるという守護天使のように
神と人の間にあって神と人を繋ぐ存在です。

ゆったりとつばさをひろげ
ハープを奏で宙を舞い天井の歌をうたう。
天使のメッセージは太陽のひかり月の輝き、
鳥のさえずり、そよぐ風、額にかかる雨のしずく宇宙の鼓動。
ゆったりと自然のリズムと同期するわたし。

自然体で生きるとシンクロ二シティとの出会いが増えるという不思議。
あせらずのんびりしていられるのは、
必要なものは必要な時にかならず手に入るということを知っているから。

弾んでいた会話がふと途切れ沈黙が流れる、
ちょっと気まずいような、
そんな微妙なニュアンスを表すとき、
フランスでは「天使が通る」と言うそうです。
いまこの瞬間は一切が静止したようになんの動きもないけれど、
この沈黙が次の展開をかならず運でくる。
それは宇宙の法則です。
沈黙は天使のハープの音がする。

2014/12/29 やぎ座8度 「しあわせそうに歌う家の中の鳥」

やぎ座8度

「しあわせそうに歌う家の中の鳥」Birds in the house singing happily.


大空を自由に舞う鳥は、いつも危険と背中合わせ、
危険な環境に疲れた鳥は、自由を代償に安心できる終の住処を求めます。
風を遮る壁と雨を避ける屋根のある家で、
平和でおだやかな暮らしに自分を溶けこませ、
あたりまえの日常を楽しむ、ありきたりな日常をいつくしむように、
新しい物事への挑戦や大きな視点や多角的な考え方は苦手です。
しかし細かい集中力のいる作業や仕事には能力を発揮します。
純粋な素直さと順応性。


鳥は神の使いとされます。
家という枠の中で鳥が歌う、自分の声で自分の歌を。

ひとつのまとまった思想、宗教などに自分の基盤をあずけきって、
そのルールの下もとで自分を強化し、その中で自分らしさを表現します。

籠の鳥といますが、
カゴの中だけで暮らすインコさんや、完全室内飼いのねこさんたちを見ると、
かわいそう・・・とついついおもってしまうものですが、本当はどうなんでしょう、
本当は案外環境に適応していて、快適なものなのかもしれません。
自分自身の思考という鳥かごの中に無限の宇宙が扉があるかもしれません。

2014/12/28 やぎ座7度 「 力のあるベールに隠れた予言者]

やぎ座7度
「 力のあるベールに隠れた予言者]
A veiled prophet of power.

預言者は集団の外にいて、神と人のあいだに立ってふたつをつなぐ。
無意識の領域から言葉をひろいあげ、見えない力で人々をまとめあげる、
霊的指導者であり、影の支配者。
ベールの向こうとこちらを行き来してムラ社会の行く末を占い、
ムラの未来と行く末と、終わりと限界点を暗示して、集団の陰から大きな影響力をふるう。


誰もが見ることを恐れ、忘れたふりをして生きている、
生命の輝きの果ての静かな老いと、沈黙の死の、おわりのときを思い出させる。
いま、このときを、この瞬間を、
よりよく生きるために、生命の終わりを意識すること、そこには本当の智慧がある。

予言者のメッセージはメメント・モリ
いつか必ず来る死を忘れるなかれ
今を生きよ、今を楽しめ、
全ての終わりは、はじまりの序章である。

明日死ぬならあなたは今、何を選びますか。

2014/12/27  やぎ座6度 「暗いアーチのある小道と底にひかれた10本の丸太」

やぎ座6度
「暗いアーチのある小道と底にひかれた10本の丸太」
A dark archway and ten logs at the bottom.

地粉の社会的立場の完成を目指し障害を乗り越える。
社会と個人を繋ぐ役割を果たしていきます。
社会での成功とは自分の利益にともない、社会に対する責任を負うことも意味します。
自分が中心となり集団にまとめあげ社会に貢献するという責任です。
人を動かすには自分からという言葉があります。
相手の働きを引き出すためには、相手の心を動かさなくてはなりません。
無意識の働きをよく知っているひと,
心理戦に長けていますひとです。
アーチは入口であり出口。
無意識の森、すべての生命の源泉である森と日常の境にある。
それは彼岸と此岸のつなぎ目であり境目、結界ともいえます。
10はやぎ座を表す数字。
底にひかれた10本の丸太は、凸凹のない平らな道を歩く人々のために、
犠牲となった人柱なのかもしれません。
障害であり守護者である丸太、そんなふうな見方もできます。

2014/12/26  やぎ座5度 「カヌーを漕ぎ戦争の踊りを踊っているインディアン」

やぎ座5度

「カヌーを漕ぎ戦争の踊りを踊っているインディアン」
Indians rowing a canoe and dancing a war dance.

規則的な櫓をこぐリズムと躍動する戦争の踊りが士気を盛り上げ、
感情エネルギーの高まりが集合意識にアクセスし日常を超えた力の感覚を得る。
敵陣に向けカヌーに乗り込んだ戦士たちが戦意を互いに鼓舞しあう。
4度で目的を確かめ合い、カヌーニ乗り込んだ一団は、
5度で、より強く目的意識を高め、戦闘意欲と仲間同士の結束を固めます。
敵は強く大きいほど戦闘意欲が掻き立てられ、仲間の意志も絆も強くなる。
ここではやりすぎ感はいなめません、
無謀な挑戦にでて挫折することもありますが弱い敵では物足りない。
リスクを恐れず挑戦するところに限界を超えるパワーがみなぎる。

2014/12/25 やぎ座4度 「 大きなカヌーへ乗り込む一団」

やぎ座4度

「 大きなカヌーへ乗り込む一団」A party entering a large canoe.

大きなカヌーはどこに向かうのか?
同じ目的地に向かう仲間が息を合わせ力を合わせ船を漕ぐ。
空を見て天気を読み、風を肌で耳で感じとり、水の流れと波を見て、
正しく目的地に向かうため、リーダーは仲間が互いに協力しあい、
成果を上げていくことに主眼を置き、櫓を漕ぐ一人ひとりの個性を生かす配置を考える。

カヌーはもともとあまり大勢が乗るには適してないそうで、
規模で言うと中小企業とか、プロジェクトのメンバーという感じ。
では大きなカヌーとはなんでしょう?形としてはバランスがとりにくそうです。
ムリに乗るとバランスがとれなくなり、前に進まないどころか転覆するかも・・・
誰にでも、このひとと一緒にいると自分はより大きな力が発揮できるんだ!という、
関係性がありますが、大勢の人間をまとめて、正しく前に進ませるには、
リーダーの資質が問われるところかもしれません。

2014/12/24  やぎ座3度 「成長と理解に対して受容的な人間の魂」

やぎ座3度

「成長と理解に対して受容的な人間の魂」
A human soul receptive to growth and understanding.

現実的な意味での成長とは目に見える形を持ち、手で触れて感触を確かめることができるもの。
そういった実感できる手応をともなう結果のことをいうのです。
社会の中で役に立つことができるわたし、
人々に貢献する力が自分の中にあるという自信に確信を持ち、
全身で環境の中に飛び込んでゆく体験主義者。
躰を使い新しい体験に飛び込み、新しい人に出会い話を聞き理解を示し吸収します。
目に見える成果を着実にあげるためにはどうしたらいいか?
ということを考え行動していきます。
頭のなかの活動よりも体験のなかで体得してくものが、現実に役立つことを知っています。
より積極的に行動しつつ、出会ったものに対して開かれた姿勢で受け入れていく。
人間の魂は人間の身体を超えて存在しつつ、
人間の体を通して経験を得て成長しつづけるものなのだ。

2014/12/23 やぎ座2度 「3つのステンドグラスの窓、一つは爆撃で損傷している」 

やぎ座2度

「3つのステンドグラスの窓、一つは爆撃で損傷している」

Three staind-glass windows, one damaged by bombardment.


3は創造性、3は三角形で、三位一体。
理想をかかげ、
行動し、
現実化するという、3つの視点が作りだす調和の形。
3つのうちの一辺が損傷すると、三角形の安定性は損なわれてしまいます。

働き過ぎ感のあるやぎ座2度ですが、
初期度数の衝動性も単純な無邪気さはなく、
現実的で抑制された大人の感覚をもっています。
やぎ座2度ではこの窓のひとつが爆撃を受けて破壊されている。
1で理想を求めスタートし、
2で目標を設定して安定を求め行動を起こします。
調和の3をめざし忙しく働き努力を重ねるも、まだ調和には至らない2なのです。
望んでいるのに得られないこの葛藤。

陰あるところ陽が生まれる。
摩擦と葛藤から生まれるエネルギーが成長を促す。

2014/12/22  やぎ座1度 「認識を求めるインディアンの酋長」

やぎ座1度

「認識を求めるインディアンの酋長」

An Indian chief demanding recognition.

長としての権威には責任が伴います。
自分の吐いた言葉に、下した絵決断のひとつひとつが、すべて自分に跳ね返る。

いて座の熱の余韻を残し、社会的な成功を視野にいれ行動に出ます。
目標を決めて行動を起こし、突出した成果を出した時、
必ずその成果にケチをつけ批判するひとたちがでてきます。
揚げ足をとられまいと緊張する時ですが、
その緊張もはりあいとなり楽しみの一つになるでしょう。

酋長として権威を手にし部族をまとめていく手始めに、
持てる力を皆の前に差し出し、自分の実力を認めさせる必要に迫られます。
現実社会においての自分の価値はどの程度か、
自分の能力がなんであるのか?自分で自分の力を示し、
ただ自分を主張するだけでなく着実な成果を上げる努力を重ねる。
気負いと責任感と理想を現実化する野心。


だれも叩くことができないほど高く高く頭を上げることです。
出る杭は必ず打たれますが出過ぎれば打たれません。
あまり長く打たせてはいけないが、
打たれることであなたの地盤が固まり、基礎がしっかり築かれます。
打つ者と打たれる者が同じ道の上ひとつになるとき
高次の目的が達成されるでしょう。

2014/12/21  いて座30度 「法王」

いて座30度

「法王」He Pope.

精神性の高さに理想を求め、
上へ上へと背伸びした自己探求のいて座の旅も終わりの予感。
火から土への移行の準備が完成に向かいます。
夢や理想の形のない火から具体的な足場のある土へと目を向ける。

法王は伝統を上に立ち、人々の信を得て人々の上に君臨します。
与える者は受け取る者のレベルまで降りていかねばなりません。
法王は高潔で高尚な神々のいます見えない世界に身をおきながら、
一般の世俗の暮らしにかかわる具体的な知恵や、
時流に合わせた経済や政治なども、人々に向かい説いていくことになるのです。

2014/12/21 いて座29度 [芝を刈る太った少年」

いて座29度

[芝を刈る太った少年」 A fat boy mowing the lawn.


大きな家で恵まれ満たされて育った少年は、
育ちすぎてちょっと太り気味。
だからあまり身軽ではありませんでした。
少年はある日思い立ち、
家族の役に立とうと庭の芝刈を始めます。
そして、
だんだん鍛えられ筋力をつけ贅肉を落としていきました。

力をつけてちょっとたくましくなった少年は、
自分自身に手応えを感じ自信をつけて、
もっと広い外の世界で役立つことがしたいと思いはじめる。
外の世界を夢見つつ不要な知識を捨てて、
社会の中で現実的に役に立つ具体性をもった知識を求めて行動に出る。

2014/12/20  いて座28度 「美しい流れにかけられた古い橋」

いて座28度

「美しい流れにかけられた古い橋」
An old bridge over a beautiful stream.

人生は川の流れのようだとよく言われます。
彼岸と此岸を繋ぐ橋、
あなたとわたしを繋ぐ橋、
橋のあちらとこちらでは見える景色はどれほど違うものでしょう。



わたしとあなたの間を流れる
暗く深いこの川に架かる橋
それはとてもとても古い橋
それは見慣れた風景のなかの懐かしい橋

あなとたとわたしがあちらとこちら、
同じ橋の上を行き来して、
向き合って、交差して、
出会ってはわかれ、繰り返しくりかえし月日は流れ・・・
わたしはいつしか橋のあることさえ忘れてしまった。
けれど、
どれだけ時が流れても、川の流れは変わらずに美しく、
だれも渡る人がいなくなっても、
古びたままの橋はそこにありつづける。


分離され、切り離されたものをつなぐ橋。
しかし、橋の存在は分離のあることを証明するものでもある。

2014/12/19 いて座27度 「彫刻家」

いて座27度

「彫刻家」A sculptor.

降りてきたヴィジョンを形にする。
手を使い道具をふるい、
素材の上に形を落とし投影する。
彫刻家はある種の創造神と言えるでしょう。
理想を形にするという自分の仕事をすることで
、彫刻家はひとびとにアピールするのです。
素材を元に自分のアイデア、
自分のイメージをハッキリとした形につくり上げる。

彫刻家は木や石というとても固い素材に
自分の意志を刻みつけしっかりとした形に仕上げる。
そしてそれを掲示し人々に見せつける。
なんのために彫刻するのか?
それは、自分がよいと信じることのイメージを形に落とし込み、
人々に見せつけることで影響をあたえるため。
アートとは人の目を通しひとの心を癒やすものであるのです。

2014/12/18  いて座26度 「旗手」

いて座26度

「旗手」 A flag-bearer.


戦場で先頭に立ち旗をふる旗手は、
自分を超えた大きな理想に自分を捧げる。
おなじ理想のもとに戦う仲間の先にたち、
身を捨てて活路を開く者なのです。
あとに続く仲間が迷わないように高くまっすぐに、
遠くの仲間にも見えるように、もっと高くまっすぐに、
砲弾にさらされ先頭に立つ彼を奮い立たせるのは、
同胞への愛と使命感。

旗は尊いものの象徴であり目印でもある。
戦場にあっては敵の手にわたさないよう、
躰にまきつけて死をかけて守られるものだった。
本来、旗とはそれほど意義のあるものなのです。
平和な現代ではとても想像はつきにくいでしょうが・・・
しかし、戦場とは生きる現場そのもの、人生そのもののこと。
そして、理想とは、人生をとおして求める自分自身の
無常の喜び、自分自身の幸福のことなのです。

2014/12/17いて座25度 「玩具の馬に乗っている小太りの少年」

いて座25度

「玩具の馬に乗っている小太りの少年」
A chubby boy on a hobby-horse.

未来を夢見てあこがれをふくらませる。
まだ見ぬ未来に幸福の予感を感じで、感受性を太らせる。
知識欲と想像力。
成長過程にいる少年は、いまはまだ夢見る季節のなかにいて、
おもちゃの馬に乗り風を切り草原を駆け抜ける夢を見る。
あたたかい家の中で玩具の馬と一人遊びする少年は、
いまは大人を真似て学んでいる段階でまだ外界の環境に貢献することはない。
馬という野生の本能をコントロールすることを学んでる。

2014/12/16 いて座24度 「家のドアにとまっている青い鳥」

いて座24度

「家のドアにとまっている青い鳥」

A bluebird standing at the door of the house.

23度の移民が新しい国に受け入れられて定着し、
建てた家のドアにやってきた青い鳥。
自分の家から外に向かって開かれるドアは、
他者と環境に対して開かれた姿勢、
未だ衰えぬ冒険心と向上心をあらわしている。
安定を手に入れてなお、青い鳥の誘いに好奇心を刺激され心は外に向かう。

この青い鳥の物語はちょっと他と違います。
でもこれが本当の青い鳥のなのかもしれません。
たとえば、ここでは
「お城に帰ったお姫様と王子様は末永くしあわせにくらしましたとさ、おわり」。
こんな終わり方にはなりません。

お城の青い鳥は自由にドアを行き来して飛び回り、
お姫様(または王子様)が、
その青い鳥のあとを追い続ける物語なのです。
いつまでもいつまでも、いつまでも、、、
結局誰にも青い鳥をカゴにつなぐことはできませんでした、
これは、そんな終わりのない物語り・・・

2014-12-15 いて座23度 「移民が入国する」

いて座23度

「移民が入国する」Immigrants entering.

自由をもとめ新天地へと、生まれた国を遠く離れて移民たちはやってきた。
新しい国でなにをするのか?自分に何ができるのか?
夢見るのはあとにして、まずは現実を見て必要とされることは何かを考える。
そして、自分ができそうなことからやってみる。
とりあえずやってみよう!
やってみなければわからない、だめなら次を試すのみ!
そんな体験主義で新しい世界に馴染んでゆく。


21度で無理をして目を悪くして眼鏡をかけるほどまでお勉強して、
22度ではその反動で自分らしさに立ち返り、
できることとできないことを見極めて自分らしさを取り戻す。
そして23度で、
21度の理想と22度の自分らしさを柔軟に統合し再生させます。
取り組むテーマが変わっても、いつでもどこにいても自分自身で居続ける。

2014/12/14 いて座22度 「中国の洗濯物」

いて座22度

「中国の洗濯物」 A Chinese laundry.

がむしゃらに新しい挑戦を続けてきたいて座も21度というピークに達して反動が出てきます。は~っちょっと疲れた、ここでちょっと休憩だ。ここでいっとき立ち止まり、自分をかえりみる時間をもつ。
できることとできないことを自覚して選り分ける。昔を振り返り、自分らしさに立ち返るという作業に入るのです。そして、ほんとうの意味での成熟を目指し、自分らしさという本来の持ち味を土台にして、新たな可能性を探っていくのです。

見知らぬ土地で洗濯屋として働くことで自分たちの民族性と矜持を保ち続けた中国のひとたちのように。中国人=洗濯屋ではないけれど、異郷で生き延び、繁栄を手にするために、中国人のやっている洗濯屋であることに意味を持たせて認知させる。

2014/12/13 いて座21度 「借りた眼鏡をかけている子供と犬」

いて座21度

「借りた眼鏡をかけている子供と犬」A child and a dog with borrowed eyeglasses.


最初は借り物のメガネをもてあそびながら、真似することを通して子供は真実を学んでいくのです。大人の真似をし、おとなのふりをすることから、犬の本能的な衝動を躾けていく。それにはまず、メガネを借りるべき大人を、自分自身の中にいる子供の心が選ぶところから始まるのかもしれません。

限界を超えようと欲張ってがんばってがんばって、無理めのチャレンジ。
自分らしさという分を踏み越えて理想に向かってジャンプする。
そして、眼鏡をかけるという犠牲とともに望む結果を手にします。

人間の真似をしてメガネを掛けている犬、
お勉強しすぎて眼鏡が必要になった子供・・・
私達の人生が、
純粋な子どもや本能に生きる犬のあるがままの在り方で良いなら、
知識を得るために本を読みすぎて眼鏡をかけるようなこともない。
どちらもある種の不相応さと不自然さがありますが、
それはわるいことではなく成長の一過程というものなのかもしれません。

2014/12/12 いて座20度 「 氷を切り出す男たち」

いて座20度

「 氷を切り出す男たち」 Men cuttting through ice.

氷は、人々の求めに応じて街から離れた山や池から、男たちの力強い手によって切りだされ運ばれます。いて座の火の熱を冷まし冷静になり、要求に応じて臨機応変に対応していく。自分の好き嫌いや偏見にとらわれることなく目的を達成することに集中していく。

暑い夏のさなかにも遠くの高い山のてっぺんや、深い森の奥の奥には暑い氷が眠っている。厳しい環境条件に適応するために知恵と力を結集し、ひとびとのために未来を見越して計画的に備えるのです。

抽象的で実務の苦手ないて座が、
自分の「得意」を人の役に立つために技を駆使していく。
環境に甘んじることなく必要を満たすわざを見につけていきます。

2014/12/11 いて座19度 「 住処を移動するペリカン」

いて座19度
「 住処を移動するペリカン」 Pelicans moving their habitat.


非自然的な人間には依存せず、自然の法則の下に生きる野生のペリカンは、
本能により危険を察知し、より安全で最適な場所を求めて住処を変える。
これから成長していく子どもたちのために、未来のために。
馴染んだ場所に安住するのではなく、ある種衝動的な向上心に従い、
自分にとって理想的な環境を求めて住処を変えていこうとします。
物事に対する執着心から解放され、
段階に応じてその時ごとに最適な環境を求めて旅をしする。
自由と冒険、そして安心できる理想の地を求めて。

2014/12/10 いて座18度 「日除け帽をかぶっている子供たち」

いて座18度

「日除け帽をかぶっている子供たち」Tiny children in sunbonnets.

太陽の強い日差しの下で遊ぶ子供には、日除けの帽子はかかせません。
熱い日差しの下でも子供たちは夢中になると、
知らない間に体力の限界まで遊び呆けて、そのあげく夜になって熱をだしたりします。
わくわくどきどき楽しいことへ刺激的なことへと興奮に走る子供たち。
経験のなさ、未熟さから節度のなさをも、
成長へのステップに活かせるように、これから育つ子供たちを
過保護に囲うことなく適切に保護してあげることがおとなのやくめかもしれません。

これから伸びてゆく自分自身の創造性、自分の力の限界をみきわめて試行錯誤する。
新たなチャレンジに出て失敗をすることがあっても、
それはそれと、成長の糧にし次に活かすことができます。


sunbonnetって、どんな帽子かごぞんじですか?
わたしは知らなかったんですが、調べてみたら、あーなんだこれか!と馴染みのある絵でした。
むかしちょっとはまっていたパッチワークキルトの図案でよく目にしました。
サンボンネット・スーは恥ずかしがり屋の女の子。いつもうつむき加減で顔を見せない。
で、麦わら帽子のビリーっていう

2014/12/09いて座17度 「復活祭の日の出の礼拝」

いて座17度

「復活祭の日の出の礼拝」 An Easter sunrise service.


完全なる復活の前には完璧な「死」があります。
日常を超え死の世界へとおもむき、また日常へと蘇るその間に祭りがある。
太陽を神と仰ぐの人々のルーツにつながる無意識下の記憶。
夜明け前が暗いほど、そのあと昇ってくる朝日への礼拝は感動に満ちている。
祭りと祈りは人々の心を一つにして精神を高揚させ、気分を盛り上げます。
人を励まし勇気づけることで自分自身の無意識も呼応し、力強く鼓舞されチャージされる。
人の集まる所に働きかけ、複数のひとを相手にする方が調子が出ます。

2014/12/08 いて座16度 「船を見ているカモメ」

いて座16度

「船を見ているカモメ」 Sea gulls watching a ship.

自由に空を飛び回るカモメにも、足場を必要とする時があります。
無意識の広大な海と、海の上に浮かぶ船。
目的地を目指し、前へ前へと海を進む船の推進力は、
風にふかれて気ままに飛び回る自由な精神に、
目的もなく足場をもたない依るべなさを想起させる。

知識や精神性の高さを社会の中で活かしていくためには、
自分より大きなものに所属し自分の自由を明け渡して、
その中で経験をつみ学ぶことが必要になってきます。
自我を引っ込め主張を抑えて経験を積む時期が、ある段階においては絶対に必要なのです。

2014/12/07 いて座15度 「自分の影を探すグランドホッグ」

いて座15度

「自分の影を探すグランドホッグ」The ground hog looking for its shadow.

冬眠から覚めてしまい、外に出たとたん、
自分の影におびえて巣穴にひっこんでしまったグランドホック。
グラウンドホッグは冬眠から目覚めたばかりで、地上に出るタイミングを慎重にはかっています。
自分の考えや知識を、そのまま世間に出すのはまだ早いと自覚していて、
自信なさ気にも見えますが、実はなりをひそめて世に出る時期を待ってる。
自分はだれなのか?
自分の本質はどんなもので、それはどこに向いているのか?
逡巡しながら、あらたな予感と期待を込めて未来に目を向けている。

2014/12/06 いて座14度 「ピラミッドとスフィンクス」

いて座14度

「ピラミッドとスフィンクス」 The Pyramids and the Sphinx.


ピラミッドは遠い遠い過去の繁栄ファラオの栄光を物語る。
スフィンクスはピラミッドに隠された古代の知恵の番人なのだ。
ピラミッドが先かスフィンクスが先か・・・ それは真実を語るにおいて、そんなにおおきな問題なのだろうか?
真実は時をこえ悠久の歴史をさかのぼり、 謎をはらんで神秘のロマンへとわたしをいざなう。
時空を超えた人類の霊的ルーツを探る旅。
いまではなく、 ここではなく、 遠い昔の遠い土地に思いをはせる。
古の叡智、宇宙の理、
普遍的なルーツを求め渇望し、はてしなくひろがる知的好奇心。 民族や人種の違い、時の壁をも飛び越えて普遍的な視野に立ち、
真実のルーツを求め遠大なビジョンの中、探索し、答えを得る。

2014/12/05いて座13度 「明るみに出る未亡人の過去

いて座13度

「明るみに出る未亡人の過去」A widow's past brought to light.

地の果てか海の果て
わたしがまだ見たことのない
どこか遠くにそれはある
いまここから遠く隠されているもの
誰にも知られていなかったもの いまここにはないけれど 求めて探すものだけが知っているまだみたことがない何かがあることを
内面を掘り起こし、過去に目を向けルーツを探る
真実を求め探求し続ける
それは自己探求の内なる旅 終わらない旅

未亡人の過去の経歴は死んだ夫の経歴と重なり、
死は物語を完結させ人生を神話化します。
この世ではもう会うことの叶わない優しい夫、偉大な父、
今まで知られていなかった夫の実像に光が当てられるとき、
それまでは気づいていなかった弱さと強さをはっきりと見る。
未亡人としての経歴があらたに作られるのです。
未亡人は過去の恩恵を持ったまま、
新たな未来の可能性に目を向ける。

2014/12/04いて座12度 「ときの声をあげる鷹に変化する旗」

いて座12度

「ときの声をあげる鷹に変化する旗」A flag that turns into an eagle that crows.


理想が行動力を呼びおこし、勢いに乗り限界を突破し目標に向かって突き進んでいきます。
空を飛ぶ鷹は一度ターゲットに狙いを定めたら獲物を逃すことはありません。
意図を設定したその時すでに目的は達成している。
理想を実現すべく行動力に移しますが、その勢いは無意識的な衝動に振り回されることと紙一重、
それゆえ精神面で不安定な要素も表面化することがあるかもしれません。
旗は象徴。旗はひとつの国家や集団のシンボルです。
国旗が戦争へと向かう国威発揚に使われたりもすることもあるように、
旗というシンボルはその旗の下に属する人々の無意識に強く働きかけ、
日常の意識を超えてこころをひとつの方向にまとめるあげる力を持つものなのです。

2014/12/03  いて座11度  「寺院の左側にある物質的さとりをもたらすランプ」

いて座11度
 「寺院の左側にある物質的さとりをもたらすランプ」

The lamp of physical enlightenment at the left temple.


今ここではないどこか遠く、
日常を離れた場所に真実の知恵がある。
けれども、想起する身体は今ここにある。
身体という物質こそは自我であり、悟りへの扉なのだ。

今ここではないどこか遠く、
日常を離れた場所に真実の知恵があると信じてる。
さとりをめざして灯を灯せ。
無意識の闇を照らすランプの光は、やがて抽象的精神的な領域を超えて、
現実に物質として影響を及ぼす。
身体は神聖な寺院であり五感はその扉だと、
インドのヴェーダにあると聞いたことがある。
抽象的なことを突き詰めて限界まで行くと物質に行き当たる・・
そういった意味で、人間の可能性を開く鍵はもしかすると身体にあるのかもしれません。

2014/12/02  いて座10度「金髪の幸運の女神」

いて座10度「金髪の幸運の女神」A golden-haired goddess of opportunity.

夢見て目指した階段を登りきった子供は、目標を達成させた経験を携えて、金のオーラをまとった女神へと進化し、新しい世界へと降臨する。金髪の豊かな髪は、通りの向こうからでも目立ちます。それはさながらスポットライトに照らされいる、ステージの上のヒロイン。女神のオーラは人々の視線にだらされてこそ金色に輝く。

自分自身の思想的な成長の体験を、劇的な表現力で派手に演出していきます。
精神性の高さ、宗教的哲学的、神秘的なさとり体験、その体験がすばらしい宝であることは確かですが、それらはすべて自分自身の内面での体験にすぎない。それは外に向かって表現していくことで、はじめて人々に還元され社会に対して貢献していくことができるものなのです。自分の内面の体験にとどまっていれば幸福感に浸っていられますが、外との関わりが始まるとそうはいかないドタバタ劇が起きてくる、その調整にバタバタともがいてじたばた頑張る、そこに面白さを見つけていく。また同時に、野心的な衝動も芽生えて、それが社会的な役割の自覚を促していくでしょう。

2014/12/01 いて座9度「階段で子どもたちを連れている母親」

いて座9度
「階段で子供たちを連れている母親」A mother with her children on stairs.

なにかや誰かの助けを得て、自分の限界に挑戦します。
階段を一段一段登るように前向きに努力を重ねていく。
目標を達成するためにはまず目的をはっきりさせることです。
自分が助けられていることを知ることで、
助けるものと助けられるものが入れ替わる相互の関係に気づいてゆきます。
ちいさな子供にとって階段はとても危険なものですが、
母親の大きな愛に見守られているなら、大丈夫。
創造性という子供を成長せようと、自ら階段を昇り限界を超えようとする。
この階段を登りさえすれば目指す高みに行き着くことができるから、もう少しがんばってみよう。


「こわい!高い!」階段に苦労する子犬たち(動画)