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10月, 2014の投稿を表示しています

2014/10/31 さそり座8度 「湖面を横ぎって輝く月」

さそり座8度
「湖面を横ぎって輝く月」The moon shining across a lake.

水面に月が映るのを見るためには、静かに岸辺に立ち、 湖のさざなみが凪ぐまで待つしかありません。
人との関係や物事から距離をとり客観的に眺めています。
心の水面を静かに澄ませて、水の上にイメージがあらわれるのをじっと待つ。
待つことで引き寄せる。冷静で控えめな印象です。
7度で危険をかえりみず深海に挑んだダイバーは、
深味にはまり傷つき疲れ、水から上がり休息を求めます。
深い水底での体験の上に立つことで、人の心の波を見透かす。
透視能力。
:::::::

ひとには無意識的なひととのかかわり方の癖というのがあります。
湖面の水は人の感情をあらわしている。
太陽の光を浴びて静かに輝く月は内面の光なのです。
太陽のように放射し、押し出す力で相手の中に入り込むのではなく、
月は静かに引きこもり、内側に入り込むことで自分の内側に相手を引き込む。


月がそっと湖面を横切る、
目の端にちらりと映る月の影
その静かだけれど動かしがたい存在感は、
押し付けられる陽気さよりも案外ひとのこころにするりと入り込み、
深く濃く長く影響をおよぼすもの。

2014/10/30  さそり座7度「深海潜水夫」

さそり座7度「深海潜水夫」Deep-sea divers.
人の深層心理、物事の奥の奥、裏の裏、本質に関心を向けていきます。 それは深い深い次元での自己実現を目指すということかもしれません。隠されたものを暴きたい。
浅瀬では満足できない。くらい深海という未知の世界に魅入られて、危険をかえりみずに無意識の海の奥底に没入していく。水の強い圧力をものともせず探索に向かうのです。抵抗の強さは手応えの確かな感覚として手探りで。むしろ圧力がないとやりがいがない、面白くないと思うでしょう。
抵抗に逆らい突破することで生まれるエネルギーを味わい楽しむ。


2014/10/29 さそり座6度 「ゴールドラッシュ」

さそり座6度
「ゴールドラッシュ」A gold rush.













なりふりかまわず自分の夢と目標に飛び込むのです。青年は野望を胸にいだき生まれた土地を遠く離れて、新しい冒険の地を目指します。心の奥の奥の奥、もっとも深いところからわいてくる欲望、その熱情を原動力に、全身全霊で内奥から湧いてくる渇望に従う時、今までの全てが破れほころびて、そこから新たなエネルギーが流入する。創るために壊す。手に入れるために手放す。
目的へと強い意志で突き進み、新しい人生を手に入れる。

2014/10/28 さそり座5度 「大きな岩場の海岸」

さそり座5度
「大きな岩場の海岸」 A massive, rocky shore.

繰り返しくりかえし打ち寄せる波にさらされて、大きな岩は長い年月をかけ少しづつ形作られていきますが、大きな岩場そのものは動かし難く存在し続けます。長い時間をかけてならされた岩礁は人間の手では決して成し得ない盤石の安定をもたらします。

人間が生涯をかけて何事かを成し遂げようとするとき、一時的な熱情で物事が大きな変化を起こすことはありえません。時をかけ岩を穿つ波のような粘り強さと、自分の使命に目覚めたひとは、大局的な視点が欠かせないことに気づくのです。波が寄せるように変化はたえずやってくる、波にまかせ変化しつづけることだ。たましいという本質は小さな波を恐れることはないのだから。

2014/10/27  さそり座4度 「火のともったろうそくを運ぶ若者」

さそり座4度
「火のともったろうそくを運ぶ若者」
A youth holding a lighted candle.

若者が運ぶ蝋燭の火は、プロメテウスがもたらした聖なる火のかけら。
それはだれもがいずれかえってゆく、本当の家に続く道を照らすひかり。
仲間とつくりあげた新しい家に、若者は愛と夢のあかりをともします。
これまで他者と出会い交流を深めてきて、
ここからより深く親密に結びつく、新しい段階に進みます。
新しい扉の閉ざされた家の中で。とてもふかいその愛情はともすると、
執着に変化していく危険な香りも漂わせつつ・・・・

2014/10/26  さそり座3度 「棟上げ式」

さそり座3度
「棟上げ式」 A house-raising.
協力し合い、助け合い、あらたな土地を切り開き新しい家を建設する。
仲間とともに一つのことに取り組み、形にしていきます。 みんなの心をひとつにし、ともにはたらき喜びをわかちあう。
私が、俺が、と出過ぎることなく何事も調和を重んじて行動する。
自分を殺し他者を活かす犠牲が互いを成長させ、お互いを強くむすびつける。
棟上げ式は今はやらないことも多いそうですが、
もともとは、家を新しく建てるときに、家が無事に建ちますように、
災いなく建ちますようにという祈りと、大工さんなどの職人さんや、
協力してくれるみんなへの感謝をあらわす神道のお祭りでした。

2014/10/25 さそり座2度 「割れたビンとこぼれた香水」

さそり座2度
「割れたビンとこぼれた香水」
A broken bottle and spilled perfume.

自らの力を投げ出しゆだねることで、本来の力を発揮する。
美しい香水瓶が割れて、あたりに広がる香水の甘く濃い香り・・・
ロマンチックで優雅な光景が浮かびますが痛々しさも伴います。
嗚呼、美しかったビンは粉々に砕けてもう元には戻らない。

深い信頼関係に入っていくためには、過去と決別しなくてはなりません。
それは必要な犠牲です。
対立と障害が愛を育てる。そして、それは痛みをはるかに超える悦びをもたらす。
固いガラス瓶と、瓶の姿そのままにおさまる香水は、
土の器に従い形を変える水。
愛情を守るために硬く鎧わなくてはなりません。
そうです、 潔くきっぱりとすっかりきれいに割れるためには、
ガラスの硬度をぐんと上げる必要があるのです。
しっかりと押し出せる自我がなければ、
愛に向かって自分を開くこともできないから。

固い自我の殻が、互いの内面を守ると同時に、
こころの奥の深い淵での交流を阻んでいます。
殻を割るには、強い圧力が必要です。
抵抗が生む圧力が必要なのです。
 それは・・・
わたしを割って曝け出す。
だから、あなたも心を開け!という、圧力です。


さそり座の2は、1のバスで隣り合ったその人と二人きりになり、
親密さを深めていこうとするときに、現れる障害がありましたと。
それはとても貴重で繊細な香水瓶が割れるような衝撃で、
ひどいショックを受けたけど、そのことがきっかけになり、
ふたりはお互いをよく知ることができたよね、というストーリー。
つまり、雨降って地固まれり。

でも実は、瓶を割る原因は無意識に自分で作ってたのかもねー、
という強引さも匂わせている・・・、
そんな裏ストーリーもあったりなかったり。(どっちやねん!


2014/10/24 さそり座1度 「観光バス」

さそり座1度
「観光バス」A sightseeing bus.

さて、この変容観光のバスツアーに参加するには、
特別なチケットが必要です。
それはお金では買えないチケットです。
通貨は「愛」というものです。
切符売り場は内緒のひ・み・つ☆
欲しがるひとほど手にすることが難しい、
誰も形を見たことがない、でもたしかにある、
このチケットはそういう特別で、神秘的なものなのです。

でも、とりあえず、バスに乗るにはバス停に行ってみなくてはね!


旅という非日常を、バスという閉じた空間において共有する。
車内の空気も共有するよ!
え、嫌いな人とは同じ空気は吸えません!
間違って乗り合わせてしまったひとは、
このバスを途中で降りるはめになるでしょう。
でも大丈夫、
そうであるなら次のバスがあなたの乗る本当のバスなのです。

それはものすごく近くて狭くて密度の濃い関係性が生まれる空間。
バスの旅は独特のムードがあります。
それゆえ隣り合う人との間にも、良くも悪くも特別な感情が生まれてしまう。

同じ空間を共有し、同じ場所に向かい、同じ景色を見て、同じものを食べる。
こころのうちで感じることはそれぞれ微妙に違っていても、
その見えない違いまでをも共有しつつ、
共有する場と時間が互いの絆を深めます。

さあ深まる秋の変容バスツアーに出発ですよ~!
知らない世界をのぞいてみよう!
はじめての中に飛び込んでみよう!
はじめてあうひとと、はじめてのものを共に見る、
そこにあらたな世界が現れる。
それこそが求めていた本当の世界。

どこに行き何を見るか?ではなく、誰とそれを見るのか? 何をどこで食べるかより、だれと食べるのか?
それが問題。

さあ、秋の木の葉の色の深まりとともに、
出発進行~秋の変容バスツアー! そこであなたは、今まで心の奥底で、
ずっと求め続けていた何かを見出すことができるかも?


さそり座1度のはじまりは、
てんびん座のスマートなバランス感覚をぶっちぎり、
少人数で、もうぎゅうぎゅう満員、小さなバスで爆走するよ~~~!

2014/10/23 てんびん座30度 「哲学者の頭にある3つの知識のこぶ」

てんびん座30度
「哲学者の頭にある3つの知識のこぶ」
Three mounds of knowledge on a philosopher's head.


理想主義者は理想を考え語るばかりの完璧主義者でもあります。それだけでは行動がともなわないあたまでっかちと言われるでしょう。哲学者は理想の人間像を求め、客観性を持って多くのものを見て、沢山の人の話を聞いて比較し、分析します。そうやって時代や地域を超えたひとまとまりの知識を身につけました。それは偏りのない客観的な視座であり、高度に知的で素晴らしいものですが、行動せずに理想を語るだけではなにも実現しないで終わってしまいます。客観性を重視するため他者の話を参考にしすぎて、偏りをなくそう公平であるべきだと考えすぎて、かえって考えをまとめることができなくなる傾向があります。そうではなく知識を行動にかえて現実を創造するのです。そのためには冷静になり正しく考えるのです。あなたにはその能力も行動力もあるのですから。



2014/10/22  てんびん座29度 「互いの知識の範囲に橋をかける方法を模索する人類 」

てんびん座29度
「互いの知識の範囲に橋をかける方法を模索する人類 」
 Humanity seeking to bridge the span of knowledge.


個人個人の差異への関心から共通点への関心へと、興味の対象が変わります。
個々の対人関係への興味から進んでいくと、それを超え筒土台となっている文化や文明といった集団性に意識が向かいます。普遍的な知恵や時代性、哲学や伝承などに関心を持ち、「個」を超越する大きなくくりで物事を考えるようになっていきます。人類の根底的共通性、普遍性に意識が向かうため、情緒的なやわらかさや繊細さ、みずみずしい感受性といったものからは距離を取ることになる面もあるでしょう。

「地球上に生息する人類は」というときと、「わたしたちひとりひとりの個性ある人間は」というときでは受け取る印象が大きく変わっていきます。「人類」と科学者が言う時、多様で豊かな個性というような個々の違いが、そこではもとから存在しなかったかのように隠されてしまい、そのことに感情的な抵抗をいだくひともいるでしょう。

ですが、もしも人類の互いの知識の範囲に架けられる橋があったなら、その橋の向こうには必ず真理があらわれる。そして、その橋に至るには「感情」という道を通っていくしか方法はないのです。

2014/10/21  てんびん座28度 「明るくなる影響の最中にいる男」

てんびん座28度
「明るくなる影響の最中にいる男」
A man in the midst of brightning influences.
それは目覚めの瞬間です。

光がより輝くためには最も濃い闇が必要なのです。 濃い闇の中で見る輝きは、ただただまぶしいだけの体験に終わるかもしれません。 それは光でありなが癒しには程遠く感じられる痛みであることもあるでしょう。 しかしそれは輝かしい目覚めの瞬間なのです。
ひとりひとりの個性のちがい、個人の多様性に注目することに疲れたてんびん座が、
ここで個性とは対極の普遍性に関心を方向転換します。
客観性にこだわり差異を比べる姿勢に徹し続けてきたてんびん座は、
そのことに徹することで反対側に突き抜け、つき抜けた穴の向こうに永遠の輝きの太陽を発見するのです。今までの信念が崩れ、人生がガラッと切り替わるような新しい世界への扉があらわれる。 その時はあなたの準備ができるまで待ってくれるとは限りません。

2014/10/20  てんびん座27度 「頭上を飛んでいる飛行機」

てんびん座27度
「頭上を飛んでいる飛行機」
An airplane hovering overhead.

晴れた空をゆく飛行機を頭上に見る。個人を越えた高みにある何か、意識の高見を感じる時。
飛行機から地上を見る感覚と、地上から飛行機を見る感覚では距離感と広がりにおおきな違いが出来てしまいます。下からの視線は広い空を飛ぶ飛行機に焦点が注がれ、飛行機からは俯瞰図のひろがりすぎた視野のおおきな広がりある。

大きな視点から全体像を把握しようとすると、日常の些細な出来事や個人的な事情には神経が回らなくなります。些細なことにこだわらず大局を見る姿勢は知的なおおらかさですが、身近な人にしたらば、わたしにもっと注目してほしい!かまってほしい1という願望が生うもとになり、冷たい人との印象を与えるでしょう。

スピ系では高い意識とか高次元という言葉をよく見かけますが、高次元というとき自動的に反対側に低次元という発想が生まれます。自分の意識を高めておかねばという考えは、だれか他の人が低次元を担当してくれるという無意識の投影が起きているので、どこからか抵抗勢力のような反発が起きて攻撃を受けることがよくあります。あなたという飛行機を撃ち落として自分のものにしようというひとが現れるのです。そのときはどうしたらいいでしょう?そのときはどうもしないことでしょう。わたしにはわかりませんが、問題はない、解決する必要はないと知ることが、解決なのかもしれません。

2014/10/19  てんびん座26度 「互いに入れ替わる鷹と大きな白い鳩」

てんびん座26度
「互いに入れ替わる鷹と大きな白い鳩」
An eagle and a large white dove turning one into the other.

鷹は強い意志、白い鳩は平和と愛。
目に見える強さのちからを発揮して働く鷹と、見えない力の愛でそれを支える鳩、異なる意識の柔と剛が入れ替わる。柔が剛になり、剛が柔になる。愛と力は互いに表と裏で支えあっているものですが、これがお互いに入れ替わるというのは、互いが互いに影響し合い導き合っている様子に見えます。この切り替わりは、平和なときにはありえないことで、突然の危機に遭遇して起きること、意志に反して起きたことに対しての緊急避難的なものによる変化と言えます。危機に際して、柔軟性を手に入れる。ふたつの意識の切り替えスイッチを手に入れて、物事をとりおさめ、ひとまとまりにし方向づけしていきます。そして2つの力は練られてひとつのものになってゆく。

2014/10/18  てんびん座25度 「秋の葉の象徴が伝える情報」

てんびん座25度
「秋の葉の象徴が伝える情報」
Information in the symbol of an autumn leaf.

木の葉の中心から放射状に広がりつながる葉脈は、まるで木そのものの姿に見えます。
金糸銀糸のつづれ織りの裏側を縦横に走る糸の錯綜を見ることで、表の織り目の美しさが完成されます。フラクタルに思いを馳せ、いま目に見えているものの裏側を意識すること、ものごとを背後で支える本質を見ぬくこと。

秋の木の葉が鮮やかに色づいて、やがて地に落ちて大地を彩る様子。宙を舞い地に落ちる木の葉のありようが伝えてくれる命のサイクル。そこにひとはなにを思うのでしょう。みずからの命のサイクルを重ね、いまこの時にわたしとあなたが生きていることの奇跡を、ただ受け取るしか、わたしたちにできることはなにもないのかもしれません。



オー・ヘンリーの「最後の一枚の葉」青空文庫にあります。
これは一度はだれでも読んでおくといいんじゃないかと思います。
なんとなくしってるアレでしょ?って感じだけど、最後とかしらないひとが多いと思います。

2014/10/17  てんびん座24度 「蝶の左側にある3番目の羽」

てんびん座24度
「蝶の左側にある3番目の羽」
A third wing on the left side of a butterfly.
蝶の羽には、左右に並ぶ、1番目の羽と2番目の羽、
そして、さらに三番目の羽が、左側にあるのです。
それは過去に由来する見えない羽なのかもしれません。

古来から蝶は死者の魂にたとえられてきました。
亡くなった人の魂が蝶になり天に昇り、また愛する人のもとへ蝶の姿をかりて戻ってくる。
死ぬ瞬間のキューブラー・ロス博士が、子供に死の意味を教えるときに、さなぎから蝶が飛び立つ様子をたとえに使っていました。それはたましいが身体という殻を抜け出て自由に空に羽ばたくようなイメージです。このイメージは幽体離脱のようでもありますが、からだから魂が自由であれば、死んだとしてもママとパパのことは忘れない。またきっと会いにこれる、そう思うことは死の恐怖を和らげたことでしょう。
魂は見えないけど確かにあると信じるなにか。
言葉にして伝えることが難しいこと、 理屈では説明できないもので、それはなにかとても大切で美しいもの。 そんななにかを常識やルールにとらわれず、小さな頭の考えにとらわれず、
内側からわきあがる直感に従うことで、表現してゆく。

2014/10/16 てんびん座23度 「おんどり」

てんびん座23度
「おんどり」
Chanticleer.

おんどりの泣き声は、意識の目覚め、覚醒を促すよろこびの声。
おんどりは外にいて、いち早く朝日の到来を知り人々に朝を報せる役目を担っています。
それはあたかも号令をかけるような、熱意に満ちた行き来とした声で、ひとびとのまどろみを破り覚醒を促す。月の眠りから目覚めよ!生きる歓びを創造的に歌え、さあ夜明けがきたぞとしらせてまわる。
社会の動きや集団の意識の変化に敏感に反応し、それを自分の内面に留めるのではなく多くの人に知らせます。ひとびとに先駆けて最先端にたつ、そのことに意味があると考えます。自分自身も注目されることを期待する。オピニオンリーダー的な存在です。


2014/10/15  てんびん座22度 「噴水で鳥に水をやる子供」

てんびん座22度

「噴水で鳥に水をやる子供」
  A child giving birds a drink at a fountain.

21度「海岸の群衆」は自然の中の海でしたが、
22度では町の中に自然を模して人の手で作られた噴水が現場になります。
人間は古来から水の周りに集まり生活を営んできました。
水は命の源であり、水場には疲れたひとをひとときくつろがせる癒やしの力があるのです。
鳥はよく神の使いに例えられるように、ひらめきやインスピレーションの象徴でもあります。
子供らしいまっすぐな純粋さと素朴さは飛びつかれた鳥の心をも癒やすでしょう。
共感的でおもいやりあふれた関係性は、大勢の人を一度に相手にする場には成立しにくいかもしれませんが、ひとびとの暮らしに根付いた癒しの場所としてひっそりと存在している。


2014/10/14 てんびん座21度 「海岸の群集」

てんびん座21度
「海岸の群集」A crowd upon the beach.
夏の休日、海辺にはたくさんのいろんなひとが集まってきます。海岸では開放的な気分になれるもの。海の水の癒やしと浄化力に人びとは引き寄せられるのかもしれません。母なる海に人びとは集い、子供にかえり水着でたわむれる。来る人をだれであろうと拒むことなく、ただ受け入れる海の抱擁は自然の癒やしの場。
目の前にどんな変な人が来ても、公平に臨機応変に対応していけるひとです。むしろ変わったひと、一筋縄でいかないようなひとが好きなようです。偏りなく多くの人とかかわっていきますが、狭く深い個人的な付き合いは苦手かもしれません。やって来る者を拒まない海のように広い心で接しますが、そのために問題を抱えることもあるでしょう。嫌いな相手から逃げることができず、ひとの悩み事をに巻き込まれて、大事な人に優柔不断で煮え切らないひと!と責められることもあるかもしれません。それでもなお、いろんなタイプのひとの中に、自分から飛び込んでいき、自分の対人スキルを試したい、向上させたいと思っているようなところがあります。ある種のチャレンジャーだといえそうです。

2014/10/13  てんびん座20度 「ユダヤ人のラビ」

てんびん座20度 
「ユダヤ人のラビ」 A Jewish rabbi. 

迫害の歴史を生き延びたユダヤの民は、彼ら独自の習慣と規律を守り、西欧の流れに迎合することなく、信念を貫き生き抜きました。
彷徨えるユダヤ人の宗教的支え精神的指導者であるラビ。ラビは、宗教的規律に従い日々の祈りを欠かさず続ける。倦まず弛まず日々繰り返す祈りは強い精神力を養います。迫害の歴史のなかでラビたちが守り継承してきた教えは今も生き続ける。
伝統のために奉仕すること、それをあとに続く者たちに伝え導くこと、そのために自らも先祖の遺産を受け継いできたことを自覚する。個人や社会を超えた価値観の受け渡しにかかわる者の重責とよろこび。ラビは人びとを導き、精神的に支えているけれど、ラビもまた人びとの救いを求める声に支えられて生きているのでしょう。
逆境の中でも自分を見失わず、日々の繰り返しを強い意志で生きる強い心が、ここに生きていているのです。

2014/10/12 てんびん座19度 「隠れている泥棒集団」

てんびん座19度
「隠れている泥棒集団」A gang of robbers in hiding.

一般社会からの逸脱、制度に対する反抗心、優遇される特権階級に対する反発する気質や、そういう気質に魅力を感じるひとたち。泥棒集団は表立っては活動しない、隠れているのが当たり前の影の人びとの集まりですが、この場合の隠れているというのは、まだ自分でも自分の影に気づいていない、社会的にも頭角を現していないという意味かもしれません。

前衛芸術、アンダーグラウンド、インディーズ、マイノリティ。一般受けしない素晴らしいなにか、主流でないけどわたしだけが知ってる優れた能力をもつもの、そういうものにはまっていきます。まだ陽の目を見ていないけどキラリと光る才能にめざとく反応する。主流に迎合する輩にわかってたまるか!というような、マイナーであることにプライドを持つ傾向、またはいわゆる判官贔屓。

2014/10/10 てんびん座17度 「引退した船長」

てんびん座17度
「引退した船長」A retired sea captain.


もう後戻りできない過去への追憶、追想、後悔、反省、やり直すことは出来ないけれど、考えをめぐらせることで思慮深さが培われます。観察と分析から生まれる客観的な視座。そして、すこしばかりセンチメンタルな感傷をふりかけて、老船長は若かりし過去の栄光への想いや、失敗への後悔を内側に抱えています。でもあまりひとに開示することはなく堂々巡り、ひとりで反芻しているのです。船を降りた船長は、なにしろ時間だけはたっぷりとあるのです。役目を離れ仲間からも距離をおき、彼は過去を反芻し記憶を整理し、いま流行りの回顧録を書いてるところなのです。
自分が属している場の中にいては気づけないことがあります。一歩退いてみる、輪から出て外から内輪を眺めてみる、立場がかわると態度も見る目もかわります。本質に近づくには、内からと外からの2つの立場から見ることが必要なのです。

2014/10/09 てんびん座16度 「流されてしまった船付き場」

太陽は
てんびん座16度
「流されてしまった船付き場」A boat landing washed away.


岸に船をつけることができないと船は漂流してしまい、人が乗ることもできず、乗ったら降りることもできません。 やさしさ、おもいやり、共感力のつよさゆえに情感に流されて、客観的に人の悩みを聞いていられず、一緒に悩み自らすすんで巻き込まれともに迷う。影響を受けすぎて自分のいるべき場所を見失う。深入りして傷を負うけれど、そのプロセスにおいて人間に対する深い洞察力を身につけていくことになります。
どちらかが一方的に押し付けても関係性は築けません。ゴリ押しで人の心は開けない。他者に巻き込まれることと、他者を巻き込むことは、突き詰めてみれば同じことであるのです。ひとは危険を察知しながら、その危険の渦に自分から無意識的にまきこまれにゆくことがある。嵐のさなかに船着場へと、船が流されていないかと心配して見に行って波にさらわれるひとのような心理と共通している気もします。刺激がないと生きていられないのが人間なのかもしれません。

2014-10-08てんびん座15度 「環状の道」

てんびん座15度
「環状の道」Circular paths.

 朝日とともに目覚め月のあがるのを見て眠る。くりかえしくりかえしぐるぐると環になった道をゆくような生活、同じことの規則的な積み重ねを大事にします。のんびりと規則的に同じ道を通っているようでいて、その道は螺旋にわずかですが確実に着実に上昇しています。ひとはりひとはり毛布を編むような丁寧な継続のなかでひとは本当の力を身につけます。その力は自信をうみ精神の安定をもたらすでしょう。繰り返しのリズムが生みだすはたらきは、心理的にもふかい影響があります。物事も動作も繰り返すことで身体に浸透し無意識に落とし込まれます。そして、それはやがて自分自身の根源的なものとつながりをもつようになり、職人的な技をとなってゆく。これはある種の悟りを得る道であるのです。



2014/10/08  てんびん座14度 「正午の昼寝」

てんびん座14度
「正午の昼寝」A noon siesta.

活発な昼の活動で疲れた心身を回復させる正午の昼寝。シエスタ。緊張のあとにくる緩和、ストレスリダクション。日々の暮らしのくりかえしの中で蓄積しゆく疲れを、回復させる自然なパターンをもつことの重要性。 表層的なことではない本質的な知恵を、深層からとってこれるひとです。昼間考えて考えて、考え尽くしてもわからなかった問題のヒントが、その夜の夢に現れた・・・という話があります。
お風呂にはいってリラックスしているときにアイデアがひらめく、というひともいます。
直観やひらめきは、目覚めた意識のときではなく、ぼんやりとした瞬間やふとリラックスした瞬間に落ちてきます。
日常のなかにいながら非日常を使う、昼寝というキーワードは瞑想やヘミシンクでの変性意識状態をイメージさせます。

2014/10/07  てんびん座13度 「しゃぼん玉をふくらませている子供たち」

てんびん座13度 
「しゃぼん玉をふくらませている子供たち」
Children blowing soap bubbles.


きらきらまんまる光を反射してすぐに消えるしゃぼん玉。
子供のような遊び心の純粋さと、ふくらむ夢の短い命。
ひとつだけ、ひとりだけに深く関わることはできませんが、多才であり多彩。
子供は柔らかな感受性と移り気さ
しゃぼん玉は瞬感のきらめきとはかなさのもつ美しさの表現、
どちらも遊びの要素と永続性のなさをあらわしているようです。
瞬間で消えてゆくからうつくしい。


しし座9度 「ガラス吹き」Glass blowers.とちょっと似ています。しゃぼんだまとガラス玉。 火の固定宮、想像衝動のしし座の中に風を吹き込み形を与える。ガラスは固定的で永続性がありますが、てんびん座は風の活動宮で忙しく移り変わっていくものです。上に登ることよりも、下に深めることよりも、横に広がり飽きる間もなく消えてゆく、そのはかなさを愛おしむ。

2014/10/05 てんびん座12度 「鉱山から出てくる炭坑夫」

てんびん座12度 
「鉱山から出てくる炭坑夫」
 Miners emerging from a mine.

ふかく深く集中して考えて、納得する答えを見つけるまで、強いこだわりをもち続け探求していきます。その姿はまるで、炭鉱夫が貴重な宝石や金属を求め鉱山の暗く狭く閉ざされた領域に分け入るようにみえます。長い時間のなかで幾層にも積み重なった硬い岩盤を、自らの手で掘って宝石を採掘し、炭鉱夫は地上の光の下に出てくるのです。それはいつも、とても根気のいる危険な作業でした。他者の目には石と見分けの付かない原石を、危険を犯して掘り出せるのは、自分の源泉に対する信頼と信、念に基いた行動だからなのでしょう。

2014/10/04  てんびん座11度 「眼鏡ごしに覗き込んでいる教授」

てんびん座11度 
「眼鏡ごしに覗き込んでいる教授」
  A professor peering over his glasses.

眼鏡ごしにのぞき込む教授の目は、生徒の目の高さに合わせるため。
教える生徒の理解に合わせて伝える努力をしてゆきます。
自分のもっているもの、知識や体験、これまで培ってきたものを教えたいと願う、
教えたことが伝わり理解された時の満足感。教えることの喜びを知っている。
それと同時に伝えることの難しさも知っている。
教えるため伝えるために自分の知識を深める事、
それとともにある、教えることのプライドと喜び。
こうすればもっとよくなるのに・・
ここを改善すれば完璧なのに・・・
と、好意から周囲のひとや友達に教えたくなって関係がギクシャクすることもありがちで、
真意の伝わりにくさを認識することがあるはすです。
あなたがもしも、だれかに対してもっとこうしたらよくなるのにとか、
こうするべきだと相手に対して強く思ったならば、
まずあなたがそうするべきなのかもしれません。
たとえ教授であろうとも、学ぶことにおわりはないのですから。






2014/10/03  てんびん座10度 「危険な流れを抜け安全な場所にたどり着いたカヌー」

てんびん座10度
「危険な流れを抜け安全な場所にたどり着いたカヌー」
A canoe approaching safety through dangerous waters.


ここでは困難に対して客観的な視座を手に入れます。
危険な状況を乗り切るためには情熱的な精神論より、冷静な思考が必要になるのです。自分の力では抵抗しようのない激流に巻き込まれ、生きる希望を見失うのは、巻き込まれることにより自分がいま居る場所を見失うからかもしれません。激しい波の水面は荒れ狂っていても、水に潜れば静けさにたちもどることができる。どんなときにもそのことを忘れないでいること。内面的な静けさを養い保つこと、そのために冷静な観察者を自分の中にもつ。自分の問題や他者の悩みを観察してその悩みの中に没入しないよう大きな括りで考えること、自分自身と感情を分けて考えてみる、そういう客観性をもつことが必要なのではないでしょうか。







Wild Truth




薬を使わなければならないような重篤で緊急な状態もあると思いますが、殊に精神医療に関しては首を傾げることが多いです。薬は人間の根源的な生命力とか、DNAにかかわるような部分において、あるべき自尊心を破壊してしまうんじゃないか、激流に巻き込まれたまま自分の人間性を見失い、ただ助けを求めて藁を掴むような、その藁がここでわたしが個人的にもつ薬のイメージです。

2014/10/02  てんびん座9度 「アートギャラリーに掛けられた3人の巨匠」

てんびん座9度
「アートギャラリーに掛けられた3人の巨匠」
Three old masters hanging in an art gallery. 困難に遭遇したとき選択に迷ったとき、ひとは自分自身について深く考え、もっと自分を知るためには客観的な視点をもたなくてはいけないと意識することになる。自分を知るために自分の価値観からを離れ、過去の先達の通った道を参考に、客観的な自分を知ろうとします。  歴史に名を残した三人の巨匠の3つの作品がアートギャラリーに展示されているわけですが、三人の巨匠とは複数の「先生」をあらわしているようです。そして、その先生をモデルにして、それぞれの違うところと似たところ、自分自身とを比較することにより、人生を最適化していくというイメージです。
ギャラリーに名を残し業績を展示されるような「巨匠」というのは、あるひとつの分野にそびえる金字塔のような存在でしょう。専門の分野において抜きん出た才能を発揮して数々の業績を残し、多くの門下を輩出するような「師匠」のことと考えていいと思います。そして、歴史に残る賢人や偉人、マスターと呼ばれるような存在も含まれるでしょう。


2014/10/01  てんびん座8度 「荒廃した家の中で燃え盛る暖炉」

てんびん座8度
「荒廃した家の中で燃え盛る暖炉」
A blazing fireplace in a deserted home.


あるじが去って、誰もいない廃れた家の中心で、なお燃えあがる暖炉の炎。その炎があらわす希望の灯りは再生と復活のシンボルである。
一度は挫折しあきらめた夢にふたたび取り組もうという意志。挫折から蘇った人特有の強さというものがあります。夢を捨てたことへの後悔がその意志を強くします。
近視眼的に、低く狭い視点しかもつことのできない人間には見えないものがある。失ってはじめて知ることができるそのものの本当の価値。そのものの真の存在価値を知るためには、
どうしても一度完全に、そこから離れる必要があるのです。孤独の縁にひとり沈みこんでいる時でさえ、あなたを待っているひとがいる、あなたには還ることのできる家がある。そのことを知るために、目覚めるために、あなたはあの時、家を捨てて旅に出たのです。